死んでから 仏の前に 立った時 [素心]
櫛田君の死
死んでから 仏の前に 立った時
なぜ理不尽な 死を迎えたか?
櫛田君の問いに、仏は何と答えるのでしょうか?
もちろん私も、何も答えることができない。
もちろん私も、何も答えることができない。
令和元年11月より闘病していた櫛田君は、令和2年4月中旬、呼吸困難に陥り稲敷郡のご実家から筑波大学病院へ救急搬送されました。新型コロナウイルスの緊急事態宣言下のことですから、まずこの病気の感染を指摘されました。病院へ着くと看護師は、「お母さん!(隔離のため)ここでお別れですよ!もう会えないんですよ!」と話したそうです。
お母さんは、「実家から葬儀へ出してやれないことが可哀相で!」と、諦められずに泣いたそうです。ストレッチャーに乗せられた「昌之を見ると、昌之も泣いていました」と、語っていました。(5月17日、茨城県稲敷のご実家へ参上し、ご焼香させていただきました際に、お聞きした話です。後に櫛田君は新型コロナウイルスに感染んしていないことが分かり、面会の望みは叶ったそうです。)
4月22日に櫛田君はご逝去されました。私も1月2日に面会したのが最後で、途中一度、電話で会話しただけです。そのため櫛田君の心境の変遷を?皆目わかりません。知っていることは
お母さんと過ごす4か月半は、告知から想定したより長かった。
お亡くなりになる一日前までは、穏やかに話せた。
最期の一日は昏睡状態で、苦しむことなく逝った。
「お母さんと穏やかな生活」・「最期は苦しむことなく」とはいっても、あまりに理不尽で、納得いきません。
お母さんの苦悩
お母さんの苦しみの深さは、推し量ることできません。「なぜ健康に育った昌之が、血管肉腫という珍しい病気に罹って、亡くならなければならないのか?」と。誰も答えられません。私にできることは、千葉での櫛田君の生活の様子を、ご家族へお知らせすることです。7月7日に完成し、お届けしました。
神と命
神とは何でしょう?宇宙の総エネルギー量は一定で、不変だと想像します。神は総エネルギー量のことです。
命とは何でしょう?宇宙から分けられたエネルギーで、一定・不変です。エネルギーを御霊と置き換えると、命は宇宙の分御霊です。
ゆえに一個人の命は、はじめから一定・不変です。私も櫛田君も、予め一定の命が、決められていると考えてよいでしょう。その長さを、変えることは困難です。これを科学は、遺伝子の作用と説明するのかもしれません。
一生懸命生きることの大事
本日は7月19日、追悼文集をお読みになったお母さんから、電話をいただきました。「私が武道のこと嫌いだから、昌之は千葉での生活を、何も話さなかったです。追悼文集を読んで、昌之が千葉で、武道を一生懸命やっていたんですね。皆さんに大切にしていただいたんですね。そのことがよく分かりました。ありがとうございました」。電話の向こうで泣き通しでした。
櫛田君は最後の数年間、充実した生活を送った、そのことにお母さんは救われたご様子でした。私も櫛田君に、一生懸命生きる場を与えられたと思うと、ほんの少し救いが生じてきます。
命ある限り、何か一生懸命取り組み、自己の可能性を高めましょう。それを人々に役立てましょう。たとえ短くとも、です。それが、人間に生まれた天命ではありませんか。
死んでから 仏の前に 立った時
羞じてつぶやく 人間だもの
写真:櫛田君と戸村君の稽古風景。本部道場 木曜日夜クラス。等速等圧で中心を斬ると、接点の対立無く、受けの肩を抜ける→クロスして止めた手が落ちる。ところが櫛田君は、力で落とそうとして、対立している場面。
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