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2021/01/01 謹賀新年 [素心]



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死んでから 仏の前に 立った時 [素心]

櫛田君の死


死んでから 仏の前に 立った時

なぜ理不尽な 死を迎えたか?


櫛田君の問いに、仏は何と答えるのでしょうか?
もちろん私も、何も答えることができない。


櫛田 本部.jpg

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柿の渋味と甘味、今の自分はどちらかな? [素心]

はじめに

 柿は成長の過程で、渋味の時期と甘味の時期あります。人も同じでしょうし、今の自分はどちらか?顧みます。

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武道の道「ぶどうのみち」 [素心]

はじめに

 表題を「武道の道」としました。どう読んでも良いけど、ここでは「ぶどうのみち」として、話を進めたいともいます。

 「どう」は道程の「どう」。「みち」は未知の「みち」です。この二つに分けて考えます。

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曹洞宗教祖である道元禅師でさえ愚かなら、愚鈍な我は何なのか? [素心]



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臨機応変の行動力 [素心]



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お稽古人様の夢や楽しみ、お応えしているか?自問自答する [素心]



タグ:楽しみ
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道場とは?道元禅師 正法眼蔵から学ぶ [素心]



タグ:道場とは
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行雲流水 こううんりゅうすい [素心]



タグ:行雲流水
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還暦が近くなりました [素心]



タグ:還暦
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風雪に耐えて後にこそ、位も高く見える [素心]



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それぞれの立場で最善を尽くし、活動が成り立ちます [素心]



タグ:立場
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無分別智から見る、内なる敵 [素心]

 お子様の無分別心に、心打たれる。こうしたことこそ、稽古指導の楽しみです。

 無分別とは一般に、「思慮なく軽率なこと」を意味します。しかし仏語としては無分別智として、「対立を超越した絶対知性」を意味します。自他の区別がないとか、美醜の区別がないとかです。お子様の穢れなく・膜のない心が、ほぼそれと思います。

 稽古指導の時、お子様純真無垢な心に触れたとき、この仕事をさせていただく幸せを実感します。

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挨拶:型の大切さ [素心]

躾も武道の稽古も、型から入る。これは型式のこと。

当会では型と形は区別し、形は型より上位に。形を身形(みなり)の形とし、型に身体使いの伴ったものを、形と考えるからです。

今日は、ごく初歩の型の大切さを考えます。

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日々の学びは、何のために [素心]

覚悟の決まった、連絡をいただきました。

重病のお父さんのお見舞いに行くとのことです。その先のその先を、見据えていいるご様子でした。

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タグ:覚悟
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職業:自分の仕事に打ち込む姿は [素心]

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タグ:職業

冬来たりなば春遠からじ [素心]

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逆境と順境 [素心]

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タグ:逆境

煩悩即菩提で白秋・林住期を生きる [素心]

季節折々、人生折々

人生に望む欲望の充足と不充足、成長と衰退。季節折々の変化と同じように、人の成長と衰退あり、人生折々の役割を自覚したいものです。

「人生の四季・四住期・世阿弥の初心」を比較しながら、「武道家として、煩悩即菩提で白秋・林住期を生きる」ことを考えます。

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無縄自縛 むじょうじばく [素心]

無縄自縛とは 

自分の空想が固定観念となって、自分の言動を縛ることです。こうした誤りを、禅では無縄自縛といいます。武道では居着(いつく)といいます。

本来の宗教や武道は、己の無駄を省き、自由になるための教えのはずです。ところがこうした世界にこそ、無縄自縛が起きがちです。

私の身の回りの体験で、考えます。

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